This is it

舞台大好き。映画も大好き。私の見たもの日記のようなものです。

1999年の子午線の祀り


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子午線の祀り新国立劇場の閲覧室で予習してきました。
1999年2月公演バージョン。
萬斎さん初出演のバージョンでした。初々しい若き知盛が本当に素敵。
凛々しく立ち振る舞いの美しさ。
一族の滅亡を目の前にして、恐れと不安を抱きながら、
運命を抗おうともがく姿に息もつけない張り詰めた緊張感。

のっけからグイッと惹きつけられました。
台詞回しの妙。

手強い。本当に手強い舞台です。
私史上1番か2番かと言うほど。
セリフや語りは6:4の割合で古文だったりするので、
聞き流すと何を言ってるのかわからなくなるけど、そこは日本語だから、
抑えるべきものを抑えておけば、なんとかなる・・・けど、
ある意味韓国演劇よりも手強いかも(爆)

何が手強いかと言うと、とにかく、とにかくですね、文章量が多いのですよ。
セリフも語りも、合戦の様子さえ全て朗読によって表現されるので、
とにかく役者陣の発する文章が洪水のように押し寄せてくる。

動きも「型」、言葉も「型」
源平の合戦は=狂言と歌舞伎の応酬とも感じました。
とても前衛的で挑戦的。それはそれですごくワクワクするのだけど、
この世界に疎い私は、とにかく馴染みの薄い言葉の渦に溺れそうになる。

群読と言うのは、基本、「朗読」なのです。
要するに「朗読劇」なのですよ。「子午線の祀り」と言う作品は。

 舞台のセットは海を背景に、役者が載る階段のみ。
ほら、よく小学校の卒業式なんかで、卒業生がみんなで声を合わせて
「お父さん」「お母さん」「僕たち」「私たちは」『今日卒業します』
って言うあれによく似てますね。
やってることは比べ物にならないけど。
いや、狂言とはこう言う「型」なのかな?勉強不足ですみません。

ともかく、現代劇における舞台セットとそこを動き回る演技は封印され、
ほぼ、「朗読」と言う、声だけの演技で平家物語の最終章を繰り広げるわけです。
ですからもちろん、屋島の戦い壇ノ浦の戦いも、全て、群読により表現するので、
 舞台上の動きはほとんどなくて、否応なく言葉にがんじがらめになる。

合戦シーンは髑髏城の殺陣ほどは無くても、
歌舞伎くらいはするのかと思っていたのに、
壇上に上った役者陣が、合唱のようにその場面を読み上げるのですから。
しかも、平家物語の原文( ;∀;)

楽しみにしていた「矢返し」のところも(。゚(゚´Д`゚)゚。

平家物語」と言うのは、元々口伝えで、
琵琶法師が歌いながら伝わった作品ですから、言葉にリズムはあるんです。
だから耳にはとても心地よいのです。(そのぶん噛まれると、すごく気分が削がれる)
そして言葉に力があるので、朗読だけでも、充分情景は思い浮かぶんですけど、
それは、その腹づもりで臨んだ場合で、そうでなければ視覚を頼ってしまい
うっかりすると、聞き逃しちゃいます。

なので、それを踏まえての予習が必要なのね。

1幕は知盛と平家側の話。
一の谷の戦いに破れ後白河院のムチャぶに驚愕するところまで。
ある意味、一番知盛が心情を吐き出すところです。これが1時間半(汗)
平家物語の1巻から9巻までのエッセンスを語るので、頑張ってついていきましょう。

2幕は源氏と義経のお話。一の谷勝利の後から屋島の合戦まで。
成河くんが好きだって言ってた、←インタビューで
「俺はどうすればいいのだ。」は、ここ出てきます。
静から動への転換。源氏側の話は、躍動感があってホッとします。←ホッとってww
でもわずか30分なんだよぉ。

3幕は2場に分かれていて、1場は源氏側の壇ノ浦攻めの作戦について。
2場は平家の作戦会議。
どちらも最後の戦いを前に、あれやこれやとやるので面白い。
源氏側のと平家側が対比しやすく、私的には1番好きかな。
ここは2つで1時間10分。

そして4幕は合戦。50分。
両軍のにらみ合いの緊迫感はビシビシですが、1番躍動感があるべきところを
動きを封じて繰り広げられるので、1番の難関と言えます。
要するにここを1番予習すべきかな。

これはあくまで1999年版の古典重視のバージョン。
新しいバージョンは動きもあるとか。
どれくらい演出が変わるのか。期待を込めて予習に励むとしましょう。

試練だなんて書いたど、言葉だけで進める舞台だからこそ、
言葉の力、「話す」と言うことの力をひしひしと感じます。

「言葉」にこだわってきた成河くんの
「これまでの俳優人生の集大成」だと言う意味を痛感しました。
この言葉たちとどう格闘して、何を見出し、
どんな「義経」を、作り上げるのか楽しみでなりません。